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和服 |
09/07/14 17:08 |
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「コオロギの歌」
to みっちゃん はーくん
from わふく
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あるところに、コオロギの若い夫婦がいました。
二匹はとても仲むつまじく、誰もがうらやむ可愛らしい夫婦でした。
いつも二匹は一緒にいて、リリリ…と夫のコオロギが羽を鳴らすと、リリリ…と妻のコオロギが羽を鳴らします。
二匹のコオロギのところには、いつも優しい音色であふれていました。
コオロギの一日は、涼しくなってきた夕方前に起き出して、草露で顔を洗い、木の実を食べて、演奏会の準備をします。
夜になると、みんなあつまって演奏会で自慢の音を競い合い、夜中はずっと演奏を楽しんで、そして朝になると眠りにつくのです。
若い二人は起きるとすぐに練習をして、毎日演奏会で自慢の音色を披露していました。
始めのころは羽もまだ弱くて、よい音色も出せませんでしたが、練習をして成長していくうちにだんだんと良い音を出せるようになってきました。
「だいぶ綺麗な音色になったね」
「そうだね。まだまだだけど、一緒に頑張ろう」
二匹はそうお互いに励ましあいながら、演奏会の練習をしていきました。
しばらくして、二匹はとても良い音色が出せるコオロギになっていました。
周りからも「良い音が出ていますね」と声をかけられるほど上達して、難しい音も出せるようになっていました。
「私たち、とても綺麗な音が出せるようになったね」
妻のコオロギが嬉しそうにいいます。
「そうだね。だけど、もっと上手な虫たちもいっぱいいるよ。僕たちももっと頑張ろう」
夫のコオロギはそう答えました。
妻のコオロギは「そうね。頑張ろうね」と答えました。
数日後、二匹はもっと頑張って、より良い音色が出せるようになっていました。
リリリ…リリリ…
ゆっくりと流れる音色は、まるで穏やかな流れに揺られる小船の心地。
まわりの虫たちもうっとりと二匹の羽音に聞き惚れていました。
「私たちとても綺麗な音が出せるようになったよね。みんなもとても喜んでいるわ」
幸せそうに喜んで妻のコオロギがいいます。
すると、夫のコオロギは答えました。
「そうだね。だけど、もっと上手い虫たちはたくさんいるよ。これからももっともっと頑張ろう」
妻のコオロギは「うん。頑張ろうね」と答えましたが、心の中で小さなため息を吐きました。
翌朝、妻のコオロギは、みんながまだ寝ている間に起き出しました。
そして、少し離れた小川の側までくると、リリリ…リリリ…と音を出し始めました。
妻のコオロギは、夫のコオロギや他のみんなに喜んでもらいたくて、毎日まいにち朝早くから練習をしていたのです。
リリリ…リリリ…リリリ…リリリ…
妻のコオロギはしばらく練習をすると、疲れた羽を休めるために休憩しました。
そして、小川の片隅でさらさらと流れる川面を覗き込み、自分の姿をじっと見ました。
水面に映る妻のコオロギの顔は、とても疲れて淋しい様子でした。
「…どんなに頑張っても、あのひとはその上を目指すばかり。私はあのひとの喜ぶ顔をみていたい。だけど、私はとても疲れてしまったわ…」
リリリ…リリリ…
妻のコオロギは音を鳴らしました。
「こんなに綺麗な音なのに。いったい何が足りないというの…?」
妻のコオロギは悲しそうに川面をじっと見つめました。
リリリ…リリリ…
震えるような音色が響いていました。
それから数日後の夜は、週に一度の大演奏会でした。
大演奏会は虫たちだけでなく、小鳥やカエルなども集まって自慢の音色を披露するのです。
いろいろな虫たちや小動物たちが次々に綺麗な音を奏でていました。
参加者たちはお互いにその音色を称えあい、楽しい演奏会が催されていました。
二匹のコオロギの夫婦は、その会場の横で順番を待っていました。
みんなが素敵な演奏を終えるたびに、妻のコオロギは胸をドキドキさせました。
「みんな本当に素晴らしい演奏をしている…。どうしよう。私たちの演奏で喜んでくれるかしら…」
不安そうに言う妻のコオロギに、夫のコオロギは言いました。
「大丈夫だよ。僕たちだってとても素敵な羽音を出しているんだ。きっといい演奏会になるよ」
「そうね…。きっとそうよね…」
妻のコオロギはドキドキする胸を押さえながらいいました。
やがて前の演奏者が終わり、二匹のコオロギたちの番になりました。
「さあ。僕たちの番だ。僕たちの演奏をみんなに聞かせて、みんなを驚かせてあげよう」
夫のコオロギは妻のコオロギを連れて、会場の舞台に上がりました。
会場の客席にはいろいろな虫や動物たちがいて、コオロギたちの演奏をじっと楽しみ待っています。
「それじゃあ、僕たちの演奏をお聞き下さい」
夫のコオロギはそういうと、ゆっくりと羽音を鳴らし始めました。
妻のコオロギもそれに合わせて、羽をゆっくりと動かし始めます。
リリリ…リリリ…リリリ…リリリ…
ゆっくりとした合奏が静かに流れていきます。
リリリ…リリリ…リリリ…リリリ…
みんながうっとりとするスローバラード。
リリリ…リリリ…リリリ…リリリ…
曲はだんだんと盛り上がっていき最高潮に達しようとしていました。
リリリ…リリリ…リリ……リ………
突然、妻のコオロギの羽音が聞こえなくなりました。
曲が途中で止まってしまい、観客たちが不思議そうに妻のコオロギを見ます。
……………………
妻のコオロギは顔を青ざめて、一所懸命に羽を動かします。
……………………
ですが、いくら動かしても、妻のコオロギから綺麗な羽音が聞こえることがありませんでした。
妻のコオロギの羽は、練習をしすぎて痛み、音が出なくなってしまったのです。
二匹は気まずい思いをしながら、舞台から降りました。
そして、会場を後にすると、小川のところまで歩いてきました。
静かに流れる小川を二匹のコオロギはじっと見つめていました。
夫のコオロギがいいました。
「残念だったね。また次の時に頑張ろう」
妻のコオロギが答えます。
「ええ…そうね」
「次はもっと素晴らしい演奏を聞かせればいいんだよ。そうすればみんなもきっと驚くにきまっているさ」
「ええ…そうね」
「大丈夫だから、もう落ち込まないで。今回は練習が足りなかっただけだよ。次はうまくいくよ」
「ええ…そうね」
「よーし、そうと決まれば明日から練習だ。これからはもっともっと頑張ろう」
張り切る夫のコオロギに、妻のコオロギが悲しそうにそっと言いました。
「…ねえ。あなた…」
「うん? なんだい?」
「…いいえ。なんでもないの」
夫のコオロギは何かと聞き返しましたが、妻のコオロギはそれ以上なにも答えませんでした。
そして、二匹のコオロギは巣に戻って休みました。
次の日、夫のコオロギが起きてみると、妻のコオロギがいないことに気がつきました。
夫のコオロギは妻のコオロギが、どこかに顔でも洗いに行ったのか、それとも散歩に行ったのかと、そう思っていました。
ですが、いつまでたっても巣に戻ってくる様子もなく、夜が更けても巣には戻ってきませんでした。
夫のコオロギは妻のコオロギが行きそうなところを探しました。
小川に行き、草むらに行き、演奏会場にも行きました。
ですが、どこをさがしても妻のコオロギはいませんでした。
そして、夫のコオロギは理解しました。
これ以上探しても、もう妻のコオロギが戻ってこないということを。
夫のコオロギは、ゆっくりと羽をこすりだしました。
リリリ…リリリ…
その音は淋しそうな音色でした。
リリリ…リリリ…
音に心を込めて音色を鳴らしました。
リリリ…リリリ…
――どうか、この音を聞いたら思い出してくれ
――どうか、僕と過ごした日々を思い出してくれ
――どうか、無神経だった僕を許してくれ
――そして、僕の元に戻ってきておくれ
リリリ…リリリ…
コオロギの音が今日も聞こえてきます。