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Nobody |
06/10/04 21:53 |
交差の瞬間、リタは自ら後手に回ることで隙を作った。マルドゥークはそれが誘いである事を看破し、敢てその誘いに乗った。自分の槍ならその誘いすらも貫き穿てるだろう。そう思ったのだ。
だが、その思惑は裏切られる。マルドゥークの刺突は先程の投剣に受けた負傷による痛みで僅かに鈍っていた。その一撃がガーディアンヘルムを捕らえた瞬間、リタは深く体を沈めた。予め留め金を緩めてあったガーディアンヘルムはマルドゥークの一撃に吹き飛ばされ、彼の動きに絶対的な間隙が生まれる。いかなる武人であれ、攻撃後の隙を完全に無くす事は出来ない。マルドゥークが扱うような大型の武器ならば特にだ。
リタはその隙を逃さない。狙いはマルドゥークの胸部装甲。その刹那…1/36秒間の間に叩き込まれた斬撃は都合25度にも及ぶ。マルドゥークの装甲は23度目で破壊され、残り二度は内部の肉体に直撃した。
これが、交差の瞬間の出来事である。吹き飛ばされたガーディアンヘルムをリタの首、抑えるものが無くなって零れ落ちたリタの赤毛を血と、フレデリックが見間違えたのも無理はなかった。
一頻り二人が笑い、リタの不満顔が不安顔へと変わり始める頃。マルドゥークの立っていた場所の奥にある扉から、おどおどとケットシーの子供が現れた。
足には包帯が巻かれ、少し足を引き摺るようにマルドゥークに駆け寄った。どうやらケガをしているようだが、走れるのならほぼ治りかけているのだろう。
「んお?」
フレデリックが、もう敵意はないだろうと判断し、治療の魔術をかけようとマルドゥークに近づいた時、マルドゥークは駆け寄るケットシーに気付いて立ち上がった。
そして同時に、近づくフレデリックに気付き、彼を驚いたように見る。敵の心配もするとは、なるほど確かに甘いなと納得する。思えば、戦っている間も致命傷は避けるように攻撃してきた。その状態でさえ勝てたかどうかもわからないというのに、もしコイツが最初から自分を殺すつもりで戦っていたら…。
(完敗か…。認めたかないが、上には上がいるってのは正論だったな。だが、これだからこそ、こっちの世界は面白いぜ)
そう、この感情はあの閉塞感が実体を持ったかのようなティルナノイでは感じた事のないものだ。ポウォールの連中の中には自分に敵う相手はいなかった。そして、自分の強さがある程度伝わると、連中は自分に媚を売るようになった。そんな世界は、もう飽き飽きしていたのだ。
マルドゥークは唇を僅かに釣り上げると、よっこらせと立ち上がった。槍を引き抜き、ケットシーの子供の方に歩み寄る。
「その子は…」
「ふん、ケガして動けねえって言うから、ちっと世話してただけだ」
「まさか…あなたが冒険者達の侵入を拒んできたのは、そのためなのですか?」
「……ちっ、勘弁してくれよ。お嬢だけじゃなくあんたもか。俺はただ、こんなガキも手にかけようとするヤツラが気に食わなかっただけだ」
マルドゥークの足にひしとしがみついてこちらを見つめるケットシーに、フレデリックは苦笑する。
「何を今更。あなたの言葉を借りるなら…自分では気付いていないようですね」
「あんだと?」
「そのケットシーの瞳に宿る信頼と心配の色。これが、あなたの優しさの証でなくてなんと言うのです?」
「………ちっ」
マルドゥークは舌打ちを返し、そっぽを向く。それを、ケットシーの子供は不思議そうに見つめていた。
「あ、お嬢!なに笑ってやがる、おい!」
「迎え、来たみたい」
暫く微笑んでいたリタが、大部屋の入り口のほうを見ながら呟いた。
そこには大人のケットシーが数人。あちこちを破壊されたダンジョンを見て驚き、ケットシーの子供の近くに人間がいることに気付いた。中央の二人が、フレデリック達を敵意と共に見つめてきた。もしかしたらあれは、この子の両親なのではないだろうか。
「ふん、今更ノコノコ来やがって…。こいつがどれだけ泣いてたかわかんねぇのかよ」
マルドゥークが唸り、槍を構える。だが、フレデリックが止める前に、彼はその構えを解いた。
「…と言いてぇところだが。どうやらこのガキを探してあちこちを駆けずり回ってたらしいな。そんな血だらけになるまでよ」
マルドゥークの言うとおり、ケットシーたちの両足は血で濡れていた。どれだけ必死で走ればああなるのだろうか。それこそが、彼らの心情を語っている。
マルドゥークは、未だ自分にしがみつくケットシーの子供を見る。そして、野性的な笑みを浮かべた。
「ほれ、行けよボウズ。お前のいるべき場所は、あいつらの元だ」
ケットシー達にはそれが意外だったようで、敵意を霧散させてこちらを戸惑ったように見つめている。無理もない、相手は今まで自分達を倒すだけだった人間と、同じポウォールとはいえ、面識もないガーゴイル。彼らにしてみれば、不思議で仕様が無いなのだろう。
戸惑っていたのはケットシーの子供も同じだ。両親とマルドゥークをそわそわと見比べ迷っている。マルドゥークが少し強めに背中をドンと押すと、つんのめりながらも両親の元へ駆け出した。
ケットシーの子供が両親に抱きつき、大声で泣き出すのを見届けると、マルドゥークは身を翻した。出口にあたる女神像へ、歩を進める。
次にリタが、ケットシーたちに小さく手を振り歩き出す。フレデリックは頭を下げるケットシーたちに頷きを返し、微笑を浮かべた。そして、三人は女神像へ。
「あ…ありがとう!」
その時、背後からケットシーの声が聞こえてきた。
必死に喉から絞り出した声。それはとても聞き取りにくかったが、そこに込められた感謝の感情は本物だった。
マルドゥークは口元だけで笑い、ケットシーに見えるように軽く手を上げる。二度と振り返らぬまま、一人と二体は姿を消した。
SIDE:???
「ふむ…」
「よろしいのですか?」
「それは何に対してかな? マルドゥークの行動か?フレデリックの実力が思った以上に衰えている事か?それとも…あの男に送り込まれたイレギュラーのことかね?」
「その全てです。私が聞かされていた筋書きでは、マルドゥークはここで死に、ケットシーたちも殺され…イメンマハに復讐に燃えたポウォールが殺到するはずでした」
「ふふ…構わんよ。全ては私の手の内にある。確かに奴は目障りだ。だが、直接こちらに干渉できない以上、あの程度のイレギュラーなぞ塵芥に過ぎぬ。所詮、川の中で魚が跳ねているだけなのだよ。大きな流れを塞き止めることなど、この世界で生きるものには絶対に出来ないのだから」
「………」
「不満かね、プラディリ?」
「……いいえ。私は主命に従うだけです。私の意見なんて、あなたは必要としていないのでしょう?」
「それでいい。では、下がりたまえ」
「…はい」
「くくく…こんな箱庭を守るために、君はまだ足掻き続けるというのかね。光剣に貫かれながらも、まだ私に楯突こうというのかね」
「なぁ、黒霧の竜よ…」
≫CP9に続きます。お待ちくださいm(_ _)m