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Nobody |
06/08/21 00:16 |
(何者だ、コイツ。ただの女じゃないな。…あの男ほどの脅威は感じないが、何か不気味な物を感じる。そう、まるで喉元に刃を突きつけられた時のように)
マルドゥークは今更ながらに舌打ちをする。
苛立ちは槍に出る。荒々しい中にも精密さが混じる攻撃は、今では狙いが甘く荒いだけになってしまっている。
少女はその隙を逃さない。不用意に突き出された槍を真正面から打ち払い、不利を悟って飛びのいたマルドゥークを追撃する。狙いは…
「槍か!」
一瞬早く少女の狙いに気付いたおかげで、槍が弾き飛ばされる事はなかった。だが、崩れた体勢までは戻せない。
少女はその瞬間に大きく飛びのき、男の側まで戻る。少女を止めようと男が口を開くのと、少女がガントレットから何かを抜き出し、こちらに投擲するのは同時だった。
「待ちなさい、リタ!」
「Number one, second, third, fourth, fifth, sixth from twelvth, All the bullet ejection」
異国の言葉だろうか?静かな呟きと共に、松明の明かりに白く煌き飛翔する短剣。その数は六。
「なめるなぁああ!」
槍で六本全てを薙ぎ払い、短剣は床に突き刺さる。いかに崩れた姿勢とはいえ、この程度の投擲がなんだと言うのだ。視認さえ出来るのならば、どんな投擲でも撃ち落せる。
そう、視認さえ出来ていれば。
「...Now,phenomenon materialization.――Invisible lie」
突然、マルドゥークの額の5センチ先に、鏡のような刀身を持つ短剣が現れた。遅れて飛んでくるものも含めて計六本。当然、投げるというベクトルに従いこちらへ飛んでくる。
「な、ぐ!」
二重投擲、インビシブルライ。少女は、「見えざる嘘」の名の通り、純白に輝く短剣と鏡面処理された短剣を投げつけたのだ。純白の短剣に引き寄せられたマルドゥークは、そちらを撃ち落す事に専心してしまい、残る六本を見逃してしまった。鏡のように磨き抜かれた刀身は辺りの風景を写し、自身をカモフラージュする。更に高速で飛来するため完全に見切るのは不可能に近い。…そして。マルドゥークはこういう搦め手を好んで使ってくる相手を知っている。それに教えを受けた存在の事も。
(これは…!? そうか、そういうことかよ!)
先ほどの奇襲といい、この投剣といい、それらに反応したマルドゥークは、さすがとしか言いようがない。ある種フレデリックの未来予測にも似た勘だけで、迫る短剣にガントレットを突き出した。六本の鏡の短剣のうち、四本はガントレットの表面を滑り弾かれる。だがそれが、マルドゥークの限界だった。
一本は左手の上腕部に突き刺さり、残り一本は彼の顔面へ向かい…そして、その鋭利な牙で文字通り食い止められた。
「………ッ!」
これには流石に驚いたのか、少女は動きを止めてしまう。マルドゥークは口で受け止めた短剣を吐き捨て、次に左腕に突き立った短剣を引き抜いた。傷は軽傷、腕を動かすたびにズキズキと痛むが、戦えないような傷ではない。数度腕を回して確認したマルドゥークは、忌々しげに短剣を打ち捨てた。カランと音を立てて床に転がるそれをしばらく睨み付けた彼は、一瞬なんとも言えない表情で瞳を閉じる。そこに浮かぶのは…苦汁と苛つきだろうか?
だがそれも一瞬の事。彼はすぐに表情を消すと、少女に向き直った。
「誰かと思えば…。上等だぜ、野良猫が。テメェなんぞ相手にしても面白くねえが、かかってくるならぶっ潰すまでだ」
どうやらこのガーゴイルはリタのことを知っているようだが、となるとリタは一体…?
戦場の流れは、そんなフレデリックの疑問に答えを見せぬままに流れてゆく。マルドゥークは槍を構え、突撃の体勢に入った。
闘気を漲らせるマルドゥークに、少女は二本の大剣をだらりと下げながら、その視線を固定する。兜に遮られてその瞳は闇の中にあるが、マルドゥークには不思議と、その瞳に自分が写っている事を知る。
ふいに、少女が口を開いた。今までのようなぼそりとした口調ではなく、静かに響く落ち着いた声…。それはまるで、冬の夜空に響く雪鳴りのように。
「退いて、マルドゥーク。彼は傷つけさせない。それに、なぜあなたがここにいるの?」
「何故だと?それはこちらのセリフだぜ。テメェらはあの要塞に閉じこもってたんじゃなかったのかよ?」
「知らない。それに、私がどこにいようとあなたには関係ないはず」
「知らないだぁ?フザケんのも大概にしろよ。だったら俺も同じ事だ、俺がどこに居ようがテメェらには関係ねえぜ」
「関係ならあるよ。私達とあなたたちはそういう関係でしょう?…もう一度言うよ。退きなさい、マルドゥーク。彼はあなたの望む相手では……あ」
ふいに、少女の声が途切れる。少女は何かに気付いたようで、視線をマルドゥークから、その後ろの扉へと移した。
思えば、なぜマルドゥークはそこから動かないのだろうか。フレデリックの時も、少女の時も、決して楽と言える戦いではない。その場に留まって戦うのは下策なのだ。翼を使って飛べばいい。足を使って走ればいい。彼にはそれが出来るのに、それをしようとはしなかった。
マルドゥークの鋭い舌打ち。だがそれは、殺気も敵意もない行動だった。彼はどことなくバツが悪そうに、まるでイタズラの見つかった少年のように、少女を見つめた。
「……言っておくが、それが理由じゃねえからな。俺はただ」
「強い相手と戦いたいだけ?あなたは変わらないね、マルドゥーク。彼が自分に匹敵する強さだって、期待しているのね」
少女は口元だけで静かに笑った。懐かしさを滲ませた微かな笑い声が、その場にいる二人の耳朶を打つ。
「……でも、それは勘違い。彼はあなたが相手にするには…遠すぎるよ」
そこで一度言葉は切れ、朝焼けの黄金がマルドゥークを強く見つめた。
「今のあなたでは、私にさえも勝つことなんて出来ないのだから」
>>cp7へ続きますm(_ _)m