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カリオン_mor |
08/01/28 23:57 |
流転
「ねぇ、シュウ。もう帰ろうよ。これ以上はあたし進みたく無いよ。」
ウサギローブを着た少女は怯えた様子で、細い声をだす。
「なんだよ、ヒカリ。怖いなら一人で帰れよ。
オレは、まーしーと2人だけでも最後まで行くから。」
シュウと呼ばれた少年は少しだけ振り返ったが、両手に携えたグラディウスを振りながら、またすぐに歩き始めた。
「ここまで来たんだから、最後まで頑張ろう~?
それに3人も居るんだから、何が出たって平気だよ~。」
ファイヤーボール用のワンドを持った手をパタパタと振りながら、まーしーが説得する。
「もしもの時は女神の羽で帰れば平気だし~。ね~?」
小首を傾げながら、ヒカリをじっと見るまーしー。 答えを確信してるのか、単に期待してるだけなのか、その目は輝いている。
数分の間お見合いが続いたが、ヒカリが溜め息をつき観念したように頷く。
「わかったよ。一緒に行く。そのかわり、危なく成ったら直ぐに羽を使うって約束して。」
「うん、うん。約束するよ~。さ、行こう~。シュウが待ってるよ~。」
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アルビダンジョンの奥、本来は宝箱と女神の石像が有るはずの部屋。
その先に、まだ誰もクリアしたことが無いダンジョンが続くという。
その最奥にはとても強いモンスターが居て、出会った冒険者を全て喰らうとも言われている。
クリアしたと言う者も、そこへ行ったと言う者も居ない。
ただ噂だけが、いつの頃からか流れている。
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「必殺~!ファイヤ~ボ~~~ル!」
間延びした掛け声と共に、膨れ上がった火球が、異形の背中へと放たれる。
着弾のタイミングを見計らい、切り結んでいたシュウが離れる。
轟音が響き渡り、肉が焦げる臭いが立ち込めた。
「仕留めた……か?」
確認するように呟いたその瞬間、煙を突き破る様にモンスターが飛び出して来た。
「ウルオオオオォォォ!」
背中を焦がしながらも走るその目には、怒りが満ち溢れ、魔法を放ったまーしーのみを捕らえている。
距離にしてあと三歩、時間にすれば1秒にも満たずに、その手に握る大剣の間合いに入るところまで迫るが、まーしーはディフェンスの姿勢すら取れていなかった。
獲物を切り裂く感触を味わえる、その喜びを感じようと大剣を振り下ろそうとした、まさにその瞬間だった。
立て続けに5本の矢が顔面の左側面に突き立ち、しかもその内の1本は眼球に突き立っていた。
その衝撃により、モンスターの体勢は大きく崩れ、まーしー目掛けて振り下ろした剣は、何も無い地面を深々と抉るのみとなった。
「やた!クリティカル!」
ヒカリのアローリボルバーにより吹き飛ばされた所へ、再度シュウが切り掛かる。
「これで沈め~!」
その身体は燐光を纏い、彼我の距離を瞬時に零にする。近接攻撃に於ける最高の技、ファイナルヒットが発動していた。
相次ぐ強力な斬撃により、肉が裂け、骨が砕ける。
やがて燐光が引き、スキルの発動が治まった時、所々返り血を浴びたシュウと、胸や腹から、そして口からさえも、おびただしい量の血を流し、それでもなお、大剣を振りかぶるモンスターの姿があった。
「ち!いい加減しつこいぞ!」
当たれば軽く致命傷に成り得る勢い斜め振り下ろされたその攻撃を、すんでの所でしゃがんでかわす。
頭上から巻きおこる風に耐え、バランスを保つシュウの目に、嫌な光が映り込んだ。
「あれ~?まだそんな所に居たの~?早く離れなよ~。」
「じょ、冗談じゃないぞ~!」
叫びは爆炎に飲み込まれた。
「し、死ぬかと思った。なんか、女神の背中を見た気がする。」
間一髪、モンスターの体を盾にして難を逃れていた。
「シュウならきっと平気だって、信じてたよ~。」
対して、反省は皆無だった。
「帰ったら仕置きだ!覚えてろよ。」
「そんなことよりも、ねえ、あれは?」
2人の言い合いに巻き込まれないように、一足先に宝を見ようしてたヒカリは、別のモノを見つけていた。
「俺が死に掛けたのは『そんなこと』か!何があるって言うんだ……よ……お?」
「なになに?宝箱でも見つかったの~?」
文句を言いながらもヒカリの指し示す先を見るシュウと、欲に素直なまーしー。
3人の視線が向かった先、そこには
「いやいや、見事な連携プレーだった。3人がかりとはいえ、まさかそれが倒されるとはね。」
まさに漆黒という表現が相応しい、頭からつま先までを艶の無い、黒い礼服のような衣装で包み、しかし、浮き上がるかのように、そこだけが白い顔の男が忽然と立っていた。まるで最初からその場に居たかのように。
「誰だ?お前。もしかして本当のラスボスってやつか?」
負った傷もそのままに、シュウは両手に握った剣を構えなおす。
「コレだけ苦労するんだから、お宝もすごいものがザックザクだよね~。」
「お宝はどうでも良いから、早く帰りたい!」
それぞれの思いを口に乗せつつ、弓とワンドを構えるヒカリとまーしー。
対して黒衣の男は身構える素振りさえ見せず、シュウ達を見ていた。
「そう結論を急ぐな。私はお前たちとは戦ったりはしないさ。ただ目覚めさせ、従わせるだけだ。」
正確には、男の視線はシュウにのみ向けられていて、その顔には貼り付けたかのような、どこか歪んだ笑顔が浮かんでいた。
「目覚め……させる?」
「従わせるって、誰を~?」
ヒカリとまーしーの疑問に答える事も無く、右腕を懐へと差し入れ、また出す。
その指先には小振りなハンドベルが握られていた。
「何をするつもりか知らないが、先手必勝!」
再びファイナルヒットを発動させ、斬りかかるシュウ。
連動してファイヤーボールの詠唱を始めるまーしーと、アローリボルバーの体制に入るヒカリ。 三人の黄金パターンが決まるかに見えたが、シュウが届くよりもわずかに早く、男の右手が振られた。
チリーーーン
環境さえ違えば耳に心地よい音色も、その時ばかりは亡者の囁き声に似ていた。
「「キャアアアァァァァ!」」
突如シュウがまーしーの目の前に移動、そのまま斬りつけ、立て続けにヒカリをも斬り伏せた。
「な、なんで……シュウ……が」
「私達を……攻撃……するの~?」
かろうじて致命傷には成っていないが、それでも、最早戦うことは出来ない。そんな傷を受け、絶え絶えな息でかろうじてシュウを見る2人。
「残念ながら、君達の知っていたシュウと言う名の少年は……」
いつの間にか、黒装束の男がシュウのすぐ後ろに立っていた。
「もうここには居ない。残念だったね、お嬢ちゃん達。」
まるで、何でも無い普通の事のように、男は話す。
「そんなの……そんなの、嘘……だよね?シュウ。」
だが、シュウと呼ばれた少年は何も語ることなく立ち尽くし、その視線も焦点を結んで居なかった。
「さて、こう見えて私も忙しい身の上だ。
楽しかったが、君達とのおしゃべりもそろそろ終りにしようか。
ああ、そっちのワンドの彼女。羽は無意味だ。無駄な努力は辞めておくと良い。」
「や、やってみないと……わからないでしょ~。」
まーしーは震える手で懐から女神の翼を取り出し
「えい!」
残りの力を振り絞って、根元から羽の部分を毟り取る。
本来なら、それによって中に蓄えられた魔力が開放され、最後に立ち寄った町や村へとパーティーを転送するのだが……
「え?え?何で?」
まーしーが使った翼は、魔力が開放されること無く、当然転送されることも無かった。
「だから、無駄と言ったろう。ここにはモリアンの力は届かないんだよ。
これで諦めも付いたかな?
さあ、慈悲をくれてやれ、インフェクター。」
言って再び、ハンドベルを鳴らす。
シュウ=インフェクターは、無機的な表情でグラディウスを振り上げ
「や……だ、やだよ!このまま殺されるなんて、絶対に嫌だ~!」
泣き叫ぶヒカリの首に向かって正確に振り下ろし
「えい!」
突如として光が炸裂し、収まった時には、グラディウスを振り下ろした姿勢のままのインフェクターだけが居て、その足元には、およそ10本分の翼の残骸が散らばっていた。
「ふ、女神も随分と無茶をする。そんなに気に入ったのかな?
だが、ただでは済むまい。貴女が回復するまでの間、こちらは計画を進めさせて頂こう。」
そして再び、ダンジョンは暗闇と静寂の世界へと戻っていった。