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ユートゥ |
07/05/04 11:46 |
振り下ろされてきた斬撃をかわし様、ガラ空きの胴を薙いだ。
最後のメタルスケルトンが断末魔を上げて倒れた。
「はあっ、はあっ、はあっ!」
片膝をついて息を整える。流石に疲れた。だがこれで雑魚は全員片付けた。残るはサキュバスだけだ。
「お疲れ、ユートゥ。中々やるじゃない。」
ディアが労いの言葉をかけてくれた。
「ふう、なんとかここまでは順調にこれたな。」
「そうね。次はいよいよサキュバスね。今日はあたしが付いているんだから絶対勝ってよね!」
「ああ、そのつもりだ。」
実際、ディアはすごく使い勝手が良かった。精霊武器は、斬れ味も、耐久力も、普通の武器とは桁外れだった。敵を斬ったときの手応えが心地良いとすら感じるほどだった。
「これですぐ食べ物をせがむ癖さえなければ・・・。」
「ん?何か言った?」
「いいや何でも。」
意識しない内にぼやいていたらしく、僕は慌てて口をつぐんだ。
「さて、そろそろ・・・。」
言いながら僕は、ダンジョン内で手に入れたボスルームキーを取り出した。ボスの部屋はこの先だ。
次の部屋に入り、これまでとは違う、大きな錠に鍵を差し込んだ。
「リベンジだぜ、サキュバス・・・。」
錠をはずし、扉を開けた。
サキュバスはすぐに見つけられた。これまでの小部屋とは比べ物にならないくらいの広い部屋の中央に、こちらに背を向け、歌を口ずさんでいる女がいた。
もし私が愛を捧げたら あなたは振り向いてくれますか?
もし住む世界が違っても 私を振り向いてくれますか?
闇は私を魔族へ誘(いざな)い 光はあなたを人へと誘(いざな)う
それでも私は あなたとの未来を信じて
イウェカの放つ慈愛の光に この思いを託したよ
同じ光があなたにも きっと注がれるはずだから
もし私が愛を求めたら あなたは迎えてくれますか?
もし私が消えてしまったら あなたは悲しんでくれますか?
僕は歌が終わるのを待って、静かにサキュバスに近づいた。一定の間合いを取って立ち止まる。
サキュバスはゆっくりと僕を振り向いた。その顔にはすでに邪悪で妖艶な笑みがあった。一瞬、見蕩れそうになる。
「ああ、また来たのね。」
まるで馬鹿にするように言い放つ。僕も負けじと言い返す。
「今度は昨日のようにはいかない。お前を裸にひん剥いて逆さ吊りにしてやる。」
言いながらディアを構える。ディアは何も言わない。これから始まる戦いに神経を集中させているようだ。
サキュバスはくっくっくを嫌らしげに笑った。
「あなた程度の腕前でできるかしら?もしできたらご褒美としてタップリとサービスしてあげるわよ。」
サキュバスも手にしていたバスタードソードを構える。
じりじりとお互いに間合いを詰めていく。手が汗ばんでくるのがわかった。
先に踏み込んだのは僕だった。ディアを横に倒し、サキュバスの首をめがけて横殴りの一撃を放った!
サキュバスは、ガキン、と剣で受けた。返す刃で僕のこめかみに斬りつけてきた。
僕はそれを、体を沈めてかわし、サキュバスの腹から胸を狙って斬り上げた。しかし、紙一重でサキュバスは体をずらしてかわした。続く斬撃を繰り出そうとした僕は、しかしそこでサキュバスの左手を見て驚愕した。
サキュバスの左手が電気をまとっていた。いつの間にかライトニングボルトをチャージしていたのだ。
しまった、と思ったときには、既にサキュバスは僕に左手を突き出していた。
「ぐうっ!」
ドガァァン!という豪快な音を共に、僕の体を電流が走りぬけ、僕は後ろへぶっ飛ばされた。ドサッ、背中から勢いよく落ちる。
「がはっ!」
痛みのあまり息ができない。何とか上半身だけ起こすと、サキュバスは左手を突き出した姿勢のまま、顔に冷笑を浮かべていた。
「どうしたの?あたしを裸にひん剥いてやるんじゃなかったの?」
「くっ・・・。」
やはりサキュバスは強い。僕は悲鳴を上げる体を叱咤して、ようやく立ち上がる。
「ちょっとユートゥ、大丈夫?」
ディアの心配そうな声が聞こえた。僕は苦笑いしながら返す。
「ああ、大丈夫だ。」
やはり無闇に接近戦を仕掛けるのは避けたほうが良いか。そう判断した僕はファイアボルトのチャージに入った。
サキュバスもまたそれを見て、再びライトニングボルトをチャージし始めた。
ほぼ同時にチャージが完了し、間髪を入れず相手に放った!
ファイアボルトとライトニングボルトが空中でぶつかり合い、火花を散らして弾け飛んだ。僕はその光に一瞬目が眩む。
火花の奥からサキュバスが斬り込んできた。それを予期していた僕は、冷静にその斬撃をかわした。
おそらく必殺を期してのことだったのだろう、サキュバスの顔に動揺の色が走り、一瞬動きが止まった。
その一瞬を僕は見逃さなかった。気合を込めてサキュバスに打ち込んだ。
「たあっ!」
「!!」
ザクッ!鈍い手応え。やったか!?
僕はぶっ飛んでいったサキュバスを見た。しかしそこにあったのは思いもしない光景だった。
「・・・・・・・・・・・へ?」
思わず、そんな間抜けな声が洩れる。
サキュバスが、下着姿になっていた。
何だ?どういうことだこれ?頭の中が混乱する。サキュバスが着ていた服はどこいった?それに今確かに手応えを感じたのに、見たところ傷一つ負ってないみたいだぞ?あれだけ肌が露出してりゃあ嫌でも分かる。じゃあ、あの手応えは?
「いつつ、よくもやったわね~。」
顔をしかめながらサキュバスが立ち上がる。下着が黒い色なのと相まって、その動作の一つ一つがすごく色っぽい。自分の体温が上昇していくのがわかった。多分顔も真っ赤だろう。やばい、本当に誘惑されてしまうかも・・・・・。
「あれ?」
自分の体の違和感に気づいたようだ。自分の体をあちこち見回して、最後に僕のほうを見た。その表情はポカンとしていた。
サキュバスの顔が紅潮していく。口がわなわなと震えだす。
「き、きゃああああぁぁぁぁぁあ~~~~~~~~!!!」
この大広間を震撼させるほどの悲鳴。両の手で体を隠すようにして、サキュバスは僕をすごい顔で睨んできた。
「あ、あんた、よくも、よくもあたしにこんなことを~~~!」
「え、ええ!?ちょっと待て、僕にも何がなんだか分からないんだよ。」
「嘘おっしゃい!じゃあ手に持ってるそれは何!?」
「え?」
僕が手に持っているのはディアだけだ。僕はディアを見た。
「あ・・・。」
ディアの切っ先に、サキュバスの服が引っかかっていた。さっきの手応えはこれだったのか。サキュバスの服だけ切り裂いて、引っ掛けて剥いだものだったんだ。
「あ~~~~~~・・・・・・・・・・。」
僕は言葉に詰まる。しかし、ふと思い出し、僕は意地悪に笑いながら言ってやった。
「最初に裸にひん剥いてやるって言ったよな?下着が残ったのは残念だったな。」
もちろん冗談だったのだが、その冗談が上手く現実になったので、僕は笑いを堪え切れなかった。
「くくくく、あっはっはっは!ざまぁ~ねえの~。ホントに、ホントに剥かれるなんて、うくく、息ができね~。」
いかん、面白すぎて涙まで出てきた。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「あはは、ひ~。あ~傑作だねこりゃ。ぷ、くくっ。わ、笑いが止まらん。笑い死にする~。え?」
サキュバスの体の周りの空気が、バチバチと電気をまとっていた。そしてその電気は徐々に右の手の平に集中しているようだった。
「き。貴様~~~~~~~!」
サキュバスは、まさに修羅のような形相でライトニングボルトをチャージしていた。
「あ、やば・・・。」
思わず声が洩れる。サキュバスの右手の電気が球状になって渦巻いている。その大きさは、今までのものの数倍はあった。
「し、死んでしまえ~~~~~~!!!」
怒号と共にライトニングボルトが放たれた!
「うわっ!」
僕は咄嗟にディアを体の前に上げて防御の体勢に入った。
ライトニングボルトとディアの剣身がまともにぶつかる。ものすごい衝撃がディアを通して伝わってきた。足を踏ん張り、必死に耐える。ディアの苦しさを感じた。頑張れディア!
突然、目前の電気の球が弾けて霧散した。衝撃で風が体を掠めていった。やった。ディアが勝った。
「あ・・・・・。」
サキュバスの間の抜けた声が聞こえた。僕は何だと思ったが、すぐにハッとなった。
ディアに引っ掛かっていたサキュバスの服が真っ黒焦げになっていた。
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
気まずい沈黙が降りる。僕がディアを下げると、炭と化した服はボロボロと崩れて灰となった。
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・お、」
「お?」
「お、覚えてなさいよ~~~!!」
サキュバスはそれだけ叫ぶと、黒い霧の中に包まれ、消えた。
「・・・・・・・・・・・・・。」
な、何だったんだ?しばらくの間、僕は呆然としていた。
「ま、まあ一応、サキュバスに勝ったことになる・・・・・かな?なあ、ディア。」
僕はディアに呼びかけた。しかし反応はない。そういえばさっきからずっとディアは静かなままだった。
「どうしたディア?」
僕は再度呼びかける。するとディアの、感情を押し殺したような声が返ってきた。
「ユートゥ、あんたお色気が目的でサキュバスに会いに行くんじゃないって言ったわよね・・・。」
「う、うん」
いつもとは違うディアの様子に、僕は戸惑いながら答える。
「じゃあ何で、サキュバスの服は剥いだりしたのかなぁ~~?」
「い、いや、あれは不可抗力だろ?ただの悪い偶然だって。」
僕は言ったけど、ディアは聞いている風ではなかった。怒りの感情がグツグツ煮立っている音を、僕は聞いたような気がした。
「この・・・・・。」
ディアの剣身が光を放ち、そこから人の形をしたものが現れた。
「え、嘘。だって精霊実体化スキルはまだ使えな・・・・」
「ど変態があぁぁ~~~!!!」
怒りのあまりに勝手に実体化したディアの拳が僕の顔面に思い切りめり込んだ。
「ぶわわばはぁ!」
僕は奇妙な悲鳴を上げながら、さっきのサキュバスとの戦いの時よりさらに長い距離をぶっ飛んでいった。
(終わり)