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Nobody |
06/10/04 21:48 |
間が空きましたが、楽しんでいただければ幸いです。前作は↓からどうぞ。
http://www.mabinogi.jp/5th/3_free.asp?bbs_mode=view&depth=1&p_thread=30818998&num=30820&bc=10&list_mode=all&key=user_name&word=nobody&page=1
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「……でも、それは勘違い。彼はあなたが相手にするには…遠すぎるよ」
そこで一度言葉は切れ、朝焼けの黄金がマルドゥークを強く見つめた。
「今のあなたでは、私にさえも勝つことなんて出来ないのだから」
「リタ…」
「テメェ…」
その言葉を聴いた二人の男は、対照的な顔をした。人間の男はハッとしたように瞳を開き、続いて悲しみと痛みに顔を曇らせた。ガーゴイルの男は奥歯を噛締め、怒りに顔を染める。
なぜならそれは、彼らの核となる部分を貫いた言葉だったからだ。フレデリックは知っている。人という種の醜さと、本当の絶望を。けれどそれを乗り越えて、今でもこうして生きている。たとえその心が瀕死であろうと、見る影もなく衰えようと。それでも彼は、今でも生きているのだ。
だが、マルドゥークはまだ知らない。いや、知ろうともしない。ただ自分の気の向くままに生きるその姿は、確かにある種の強さと言えるだろう。しかし孤高だけでは、絶対に届かない領域というものが存在するのだ。マルドゥークは少女の言葉で、無意識に気付いていた事実を再確認させられた。そう、自分は結局…最後の最後で彼に負けるのだろう、と。
だが、それでもマルドゥークは唸り声と共に少女を睨みつけた。自分にも、彼とは違う強さが確かに存在する。自分という強固な殻を信じて、一句ずつ吐き出すように、言葉の刃を叩きつけながら。
「それは、俺が、決める事だ!」
言葉と共に駆け出すマルドゥーク。フレデリックが危機を察知し、駆け寄ろうとするが距離がありすぎて間に合わない。それに、マルドゥークの狙いは少女のほうだ。思わず、叫びが漏れる。
「リタァァァ!」
だが、少女も再び剣を構え、走り来る相手へと駆け寄った。ここで止めると、その剣が語っている。
交差は一瞬。今までで一番高く、大きな鋼の唸りが響き渡る。互いの武器を振りぬいた状態で、二人は停止した。
そして。少女の頭が空に舞う。フレデリックの視界に、鮮やかな朱色が零れ落ちた。
SIDE:Frederic
リタの頭部を守っていたガーディアンヘルムが飛ばされるのを見て、フレデリックは呆然と立ちすくむ。
まただ。また私は守れなかった。
『リタ』を二度も失ってしまった。
一度目の傷はまだ癒えていない。見かけは塞がったように見える。だが中は違う。ジクジクと痛みを残して疼いている。
今でも、一度目の事を思い出す。だから炎が怖い。だから、夜に悪夢にうなされ飛び起きる。
フレデリックは、その場に崩れ落ちた。同時に、自分の中の「フレデリック」が崩れていくのも感じた。
もう二度と、私は立ち上がることもないだろう。ここでこのまま朽ちてゆこう。
SIDE:Marduk Cruach
ガァァァン…
言葉もなく立ち尽くす二人。その沈黙を破るように、先刻まで少女の頭部を包んでいたガーディアンヘルムが床に落ち、激しい音を立てた。
ヘルムには右部バイザーから左頭頂部にかけて、マルドゥークにつけられた傷が走っていた。もう少し深ければ、完全に真っ二つになっていただろう。
頭を失ったリタが、その場に膝から崩れ落ちる。首筋からは、鮮やかな朱色。
マルドゥークは、リタの首から流れ落ちる赤を見つめ、詰まらなそうに嘆息する。そして、彼の槍が床に落ち、そこに突き立った。
勝利に酔う事も無く、敗北に嘆く事もなく。ただそのまま、仰向けに倒れ伏した。唇から漏れるのは、血と僅かな罵倒を含んだ咳か。
マルドゥークの純白の鎧は、今はもう見る影もない。胸部に走ったⅩ字形の傷がまるで海溝のように鎧を分断し、その内部の肉体にも傷を作っていた。
決して軽い傷ではない。だが、決して。決して死ぬような傷でもない。だからマルドゥークにはわかってしまった。戦う前に少女が言った言葉は、紛れもない真実なのだと。
自分の負けを認め、自分の弱さを認め。マルドゥークは、なんだか大声で笑いたくなった。だがその前に、どうしても聞いてみたいことがある。
「テメェ…なんで殺さねぇ?もう一歩踏み込めば、傷だけじゃ済まなかったんだろ?」
いつの間にか、倒れた自分を覗き込んでいる赤毛の少女へと尋ねてみた。血のような、あるいは夕陽のような紅い髪、遠くを見つめる金色の瞳。全身鎧の少女はしばらく首を傾げていたが、やがてマルドゥークの瞳を見据えて答えを紡ぐ。
「だって、フレデリックは…あなたを殺さないように戦っていたから。私にもそれが出来るかどうかはわからなかったけれど」
それを聞いて、マルドゥークは今度こそ笑いを堪え切れなかった。ゲホゲホと血咳をしながら、それでも笑い続ける。
「ぐ、はは…げほ、お前、自分が殺されるかもしれね、がは…ってのに、ははっは、ははは…そんな余裕が、げほげほっ」
「何言ってるのかわからない」
「へっ…いいんだよ、げほ…。俺だって、何で笑ってるか…ごほっ、わからねぇんだからよ」
む~と眉根を寄せて不満げな少女に、マルドゥークは尚も笑い続ける。その笑い声にフレデリックが気付き、何事もなく立っているリタを見て驚き…床に転がったガーディアンヘルムを見て納得する。安心したせいか、フレデリックにも笑いの衝動がこみ上げてきた。肩を揺らして笑ううちに、忍び笑いはやがて大きな渦となり、彼らの笑い声がルンダダンジョンを包んでいった。
≫cp8へ続きます。