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クロシア_tar |
05/06/07 13:06 |
暗い、重い沈黙を敷いた黒の世界。光を拒絶する闇の中にただ一点。そこだけ灯りが燈
ったかのように、ぼんやりと浮かび上がる瓦礫の山。
崩れた石造りの壁を支える、今にも崩れ落ちそうな太い石柱の並ぶ檻の中。耳が痛くな
るような静寂の中に水面を叩く水滴のような声が響いた。
「私の声が聞えますか」幻想的な、祈るように綴られた声は、ただただ静かに語りかけて
くる。
「私の元へ来てください」闇に浮かび上がっては染み込んでいくどこか輪郭のぼやけた声
は、最後に 悲痛の色をかすかに滲ませて告げた。
「ティルノナイが 崩壊する」
世界が白い閃光に包まれる。
薄れ行く意識の中、漆黒の翼を持つ、美しい女性を見たような気がした。
─そんな夢を見た。
第1話[此処何処ですか?っていうかクマ!?]
エリン時間 約12:30
やわらかな陽の光が降り注ぐ午後の平原、時たま吹くそよ風が、所々に点在する丘や木
々の間を縫って春独特のふんわりとした心地良い眠気を誘い、ひらひらと花と花の間を行
き来する蝶や、たわわに実を付けた木々の枝から漏れる小鳥達のさえずりが、なんともま
た良い感じな気持ちにさせてくれる。
そんな春うららな空間に、ドドドドドと太文字の慌ただしい爆音が走り抜ける。
短くも長くもない褐色の髪を邪魔そうに手で払い退けて、下から覗く暗褐色の目でしき
りにあたりを見回している。身長160センチそこらのあまりたくましいとは言えないや
や痩せ気味な体を軽いTシャツと少し色褪せたGパンで包んだ〝どこにでもいる″通行人
A君(17)が、逃げるように走っていた。いや、実際に逃げているのだ。
「誰かぁ~!!」少年─岡山 律はぜぇぜぇと呼吸を乱しながらも情けないが懸命に助け
を呼ぶ。しかし、叫べど叫べど周りに人の気配は無い。叩きつけるようなうなり声を浴び
ながら、必死に声を張り上げる。
後ろから追ってくるのが犬や、ちょっと睨み効かせた頭にヤの付く人ならここまで必死
に逃げたりはしない。
相手はクマなのだ。
怒りのあまり力加減を忘れた二本の太い前足が、いちいち地面をえぐりながらその巨体
に見合った爆音を立てながら猛烈な勢いで突っ込んでくるのだ。
いかにキノコを食って巨大化する跳躍力異常な口髭たくましいおじさんでもあんなもの
にぶつかられれば縮んで元のサイズに戻るなんてもんじゃ済まされまい。1発で1機減だ
。だがおじさんはまだ良い、さして珍しい訳でもない緑色のキノコさえ食い続ければ何度
でもやり直しの効く使い捨て人生なのだ。では自分もとなるとそうはいかない。1機減れ
ば晴れて永遠のゲームオーバーを迎えてしまう事になる。それだけは御免だった。
「ったく、ぜぇ…どうなってんだ…ぜぇ…」わけがわからない。
クマが自分を追いかけてくる事に対する疑問では無い。クマが自分を追いかけて来るの
には実に簡単な理由があるからだ。 キレているのだ。
問題は別にあった。混乱する頭を必死になだめて、今までの出来事を整理してみる事に
した。
岡山 律はわざわざ上京してまで通った高校をサボり、さりとてバイトに性を出す訳で
も無く、親からの仕送りを頼りにだらだらと生きるだらしない生活を送っていた。本人も
その生活が板についてきて今更直すつもりもさらさら無い。
いつものように近くのコンビニで買ってきたカップメンを胃に流しこんでそのまま仰向
けになって寝る。お気に入りのライフスタイルだった。
だがそこから何かが狂った。
変な夢を見たと思えば、見知らぬ世界に投げ出されていたのだ。
良い気分で昼寝中のクマの上に落下するという形で。
…やはり訳がわからない。いったい此処は何処なんだ。自分のいた東京にはこんな緑豊
かな平原など存在しないはずだ。
そうだ、これは夢だ…では片付けるには息苦しさも肌で感じる風も大地も何もかもがリ
アルに過ぎた。いっその事後ろから追ってくるクマに体当たりしてみるのも手だがとても
そんな気にはなれない。
とにかく人だ。会って道を聞こう。何よりクマだ。
あまりにも大き過ぎるリアリティ満載のティディベアから1ミリでも距離をとる為、残
り少ない体力を信じて足に力を込めた。
もうどのぐらい走ったのかは解らないがもう限界だ。お天道様ははるか彼方の地平線に
顔を埋めてしまい。辺りは黒一色でどれも見分けが付かなくなってしまった。
だが幸運にも、その悪条件が好期へと転じた。十数メートル先にポツンと灯る明かりを
見ることが出来たのだ。側に人影のような物も見える。
「…よし!」思わず歓喜の声が荒い息に混じってこぼれ出し、全身に力がみなぎってくる
。鉛のようだった足が軽くなり明かりに向かって全速力で走り出した。
近づくにつれ、明かりが薪を集めて山にした簡単な焚き火である事と、火を囲む2つの
影が小柄なものだという事が分かってくる。…いや、待てよ。小柄というには小さすぎる
。
互いの顔がハッキリ解るほどに近づいた時、やけに小柄な影の正体を見た。
全身を覆う黒いローブの目深に被ったフードから覗く顔が、焚き火に照らされてオレン
ジ色に映し出される。そして、その二人ともが子供だった。
律を見た子供達は「ぉー」とか「がんば~」などとなんとも呑気な声をかけて来た。
見たところ10歳前半の子供達がこんな夜更けに火遊びを…いやいや今はそんな事はど
うでもいい。この子達に助けを呼んでもらおう。
「誰か助けを呼んで来てくれ~!!」律は自らの後ろに見える茶の巨体を目で示して叫ん
だ。もちろん足は止めずに。
彼の叫びを聞いた子供達は「ありゃ」「遊んでるんじゃなかったのか」と全然慌てた風
でなく。それぞれがのんびりと応じた。
いったいどんな教育受けてきたんだ…?まったく、後ろからクマが来てるってのその場
から逃げようともしないだなんて。親の顔が見…ってちょっと待て。あそこから動こうと
しないって…とってもデンジャーなのでは?
子供達を救出すべく急ブレーキをかけようとして、足がもつれた。恥ずかしい限りだが
完璧な顔面スライディングを決めてしまった。子供達がやんやとはやし立てる声が聞える。
だがそんな事をしてる間にもクマは迫ってきている。痺れる顔を上げて無理矢理上げて
振り向く。子供達の行動を見て取った律の顔が強張った。
「熱っちち…」女の子(声で勝手に推測、決定)がまだ火の消えていない薪を1本掴み、
クマへと思いきり投げつけた。
此処までノンブレーキで爆走し続けてきたクマである。クマは急に止まれない。身を焦
がす木を額にしたたかぶつけ、驚きのあまり二足立ちになった拍子に、慣性の法則に逆ら
い切れなかった後ろ足が前にのめり込み、こちらも見事な顔面スライディングを決めてし
まった。
元々の憤りに加え、錯乱状態に陥ったクマは目に映る全ての物を攻撃し始めた。太い切
り株を踏み砕き、丸太のような太い腕(前足と書くと格好付かないので突っ込みは無しな
方向で)を叩きつけられたりんごの木はものの見事にへし折れていた。木に実っていた赤
く熟れたりんごがぐしゃぐしゃと落ちる。完璧なデモンストレーションだった。少しスッ
キリしたのか、クマが早くも冷静さを取り戻している。
しかし、その強靭な威圧に圧倒されているのは律君ただ一人。子供達はといえば何やら
ブツブツと独り言をぼやいている。
あまりの恐怖に気でも狂ったか?
二人の反応にまたも熱くなったクマが肝を縮み上がらせるようなビリビリとする雄たけ
びを一吼、蹴られた土が物凄い規模で舞い上がり。あっという間に間合いを詰めて未だブ
ツブツ言っている女の子に何の躊躇も無しにその太い腕を振り下ろした。
不意に男の子(これまた声で勝手に推測)が独り言を止め、刹那目の前に生じたつらら
のような物を、手も触れずに念力か何かの不思議パワーでクマへと射た。振り下ろされた
腕がひるんで動きを止める。
身体に深く突き刺さった氷の棘に、驚きと怒りの入り混じった強烈なうなり声を上げて
もう一度目の前の黒い影を攻撃すべく腕を振り上げた。
女の子が何かを包むように両の手を突き出し、小さな手で作られた見えないドームに、
突如赤々と燃え上がる火の玉が生まれた。火が現れたと感じるや否や、女の子は黒の皮手
袋で火の玉を引っ掴み、咆哮を上げるクマの口にまたも全力投球を放り込んだ。
─ボンッ
火の玉が破裂し、鈍い音が口いっぱいに広がって煙となって消えていく。
だが今回はクマも負けていない。腕を力一杯振り下ろし、女の子の身体を数メートルほ
ど殴り飛ばした。
飛ばされた小さな影は数回転がってゆっくりと止まり、動かなくなった。
「ぉぃぉぃ…。」残された男の子が呻き、刀身が彼の身長と同じぐらいはありそうな長い
剣を真っ直ぐに構え、クマの肩口を目掛けて突き刺し、そのまま力任せに引きちぎった。
長く尾を引く絶叫の後。軽い地響きと共に、大量の血を撒き散らして倒れた。
律は今自分の目の前で繰り広げられた展開に、理解が付いて行かなかった。何度もフリ
ーズしたりクラッシュする脳内コンピュータが唯一まともに稼動させたアプリケーション
─弾き飛ばされた女の子。
そうだ、あの子はどうなった!? 慌てて数メートル先に倒れたままの小さな影に走り
寄る。
「おい、大丈夫か!?」
女の子は殴られた方の腕を押さえて弱々しく笑った。
こういう時、パニックに状態に陥った人間が出来ることなど何も無い。怪我人を揺さぶ
るような真似だけはしないだけの理性は辛うじてだが残っていた。
よし、冷静になろう、俺。まずは患部を見るんだ。
何とか動転しきった気を落ち着かせ、彼女の腕を見た。
切り裂かれたローブが染み出た血でべっとりと張り付き、止まる事なく血を流し続ける
だらしなく垂れた下がった腕、素人が見ても解る。折れている。
男の子がソイツのローブ脱がしといてと指示をしながら、コンパクトにまとめた包帯と
消毒液、吸収の良さそうな布を数枚など慌てず冷静に準備していった。
出来るだけ傷に触れないように、べっとりとした血に気を使いつつも何とかローブを剥
がして、小柄な女の子に丸めたローブを枕代わりに敷いてやって横に寝かせた。
少し紫がかった所々に触覚が生えたような髪を肩の辺りでざんばらに切っている。いつ
もなら丸みを帯びて膨らんでいるだろう髪が今は汗でじっとりと張り付いていた。
準備を終えた男の子が女の子の傍らに膝をつき、スムーズに作業をこなしていった。
(作者は医療に関する知識は全くもってありません。此処から下のはこんな感じだろうと
書いたものです。間違った方法を記述してる可能性が高いので良い子は真似しないように
しましょう。)
傷口よりも上、肩に近い部分を布できつく縛り、赤く染まった腕にビンに入れた水をか
けて血を洗い流し、止まることなく血が滲み出す傷口に布を当てる、一度布を離して消毒
液をかけ、今度は傷口の大きさに合わせて切るタイプのガーゼをそのまま腕に巻いて止め
、包帯で軽く巻いた後、持参の手斧で伐って来た添え板を腕に当て、上から包帯でぐるぐ
る巻きにして固定した腕を肩から吊るようにしてかけた。
その間約2分。カップメンを作りながらでも十分間に合う。実戦慣れした者にのみ成せ
る早業だった。
「一度街に戻ろう」テキパキと片付けを追え、二人分の荷物を抱えた少年が女の子に立て
るかと問いかけていた。
「俺におぶらせてくれ」これだけはやらせてくれ、律は自分よりも大人に見える少年に出
来る限りの誠意で懇願した。
「いいのか?」少年が悪いという顔をして聞く。
律はぶんぶんと首を縦に振った。実際、こんな大怪我をさせてしまった原因は自分にあ
るのだ。直接本人に詫びを入れねば申し訳が立たないなんてものではない。
承諾を待たずに、女の子をおぶろうとするが腕を吊っているのでそういうわけにもいか
ず、抱きかかえるようにして持ち上げた。思ったよりもずっと軽かったのとあわてて持ち
上げたために力を込め過ぎたのとで、バランスを崩して前のめりになった必死に戻す。ど
うにも格好がつかない。
「ありがとうございます…えーと」
先に歩み始めた少年がはたと振り返り、簡単な自己紹介をした。
「俺はウィクリフ、その馬鹿がクロシア」馬鹿とは今腕に抱えてる女の子の事らしい。
「俺は岡山 律っていいます。よろしく、ウィクリフさん」最後まで聞かずによろしくと
言って歩き出した少年を慌てて追う。さん付けはくすぐったいから止めてくれと背中越し
に笑われた。
無数に輝く星空を見やり、自分の腕の中の少女が軽い寝返りをうって律の胸にかかる体
重がほんの少し増えた。その穏やかな寝顔と布越しに伝わってくる暖かさが、不謹慎にも
同調して暖かくなってしまった気持ちと混ざり、何処か懐かしい場所に戻ったような気持
ちにさせてくれた。此処が何処だかは相変わらず解らないままだが、こんな世界も悪くは
無い─そう思う。
自然と笑みを作ろうとする口を元に戻すのに苦労するうち、早くも街の灯りが地平線か
ら顔を出していた。
>>SAVE
*この作品はかなりの部分がフィクションで構成されております。登場人物に関しては本人
の許可を貰っています。ヲイコラ俺許可なんぞ出してね-ぞなんて方。それはきっと僕の
ネーミングセンスと似た所があるのかもしれません(失礼)。大目に見てやってください;*
っというわけで長々と書いてしまいました。ぶっちゃけもう3話まで書き始めてるしだいですorz
下手の横好きががが