|
佐藤清 |
23/03/15 00:09 |
バレンタインデーにチョコをくれた人物
鞠井 奈央
江林 恵里子
真備 野木子
・
・
・
人が多い職場に移った事もあり、今年はお返しに用意するチョコが多い。
手間だが、お徳用のチョコを配るなんてナンセンスな真似をする訳にはいかない。
自論だが...この手の贈り物とは、ただの市販品ではいけないのだ。
手ずから作ったと感じてもらえる品。
だからこそ、相手が自分にかけてくれた労力や努力、思いを感じる事が出来る。
その喜びは、決して既製品では再現できない。
うまさや、見栄えもさることながら、手作り感がミソだと思うわけだ。
逆説的に言えば手作りと感じさえすれば、既製品でも良いのだ。そんな既製品が無いだけで。
「大勢の人に返すための大量のチョコ…如何に労力を掛けず、かつ、手作り感を演出して用意できるか」
当面の課題と言えよう。
──あえてチョコを素朴な味にして個人作感を出す?
──既製品のチョコに粉糖などでアレンジし誤魔化す?
──拙さの残る素人ラッピングで手作りアピールする?
ノン・・・。
演出のためとはいえ、味や見目を損ない、受け手の喜びを損なうなど、贈り物として本末転倒。
既製品の流用も論外。
なぜなら市販品と見抜いた貰い手が感じるもの。
それは、さして労力を掛けてない品のガワに策を弄し、手抜きで良く思ってもらおうという、騙し。
ともすれば小賢しくも体裁だけ取り繕った、中身のない浅い人間だと思われないか。
堂々と市販品を渡した方が、まだ、マシ…。
アイデアが出ない。行き詰まりを感じる。発想の方向性がそもそも違うのか。
「何かないか。クオリティを維持し、演出も申し分ない画期的な方法は」
手作り感・・・手ずからの品・・・。
待てよ、これは。
人物をリストした手帳の、みぞ。挟まった毛髪。
不足していた要素。
「これがマスターピースへと導く鍵か」
工場の衛生状態に一定の基準を課された企業。その商品に毛髪が混入するという事はあり得ない。
ありえないはずなのに混じり込んだ、毛髪。
それは受け手の口の中で「これは手作りなんです!」と声高に叫ぶ証人。作り手が労力を掛けた、ズルなどしなかったという潔白を示す弁護者。
一見、口に入れたチョコに毛が入っていたら不快だと思うだろう。だが、よく考えればそのチョコの歴史を感じることができる。
貰い手はきっとこう思うはずだ。「お返しのために、手間をかけて料理してくれて・・・その過程で入ったのね」と。
不快かと思いきや、ひいては努力を連想して感じてもらう事で、一周回ってかえって喜ばしい。
一周回る。一周回って有り寄りの有り。
俺は既製品のチョコを砕き「あえてこうしてるんですよ」という風なこじゃれた割れチョコにした。
割っただけでは、気づく者は市販品と気づくだろう。それっぽく粉糖で白のグラデーションを作る。
最後に、作品を完成へと昇華させるスパイスを、手帳の隙間から抜き取り、はらりと落とす。
確かに既製品の流用は無しと言った。が、疑り深い貰い手の疑念も、この毛髪が晴らしてくれる。隙はない。ないので問題もない。
いや?待て。
既製品を手作りっぽく装う際に髪が乗っただけ、という疑いの余地が残ってしまう。事実そうなのだが、そう思われるわけにはいかない。
オーブンシートの欠片だ。既製品に混入するはずのないシートは手作りだと示す確たる証拠。
俺はシートの端っこをピリピリと破り、割れチョコに紛れさせた。
「毛髪も一本じゃ気づいてもらえないかもな。五本くらいいっとくか」
少ない労力。元が商品だから当然味も申し分ない。そして毛髪とオーブンシートで表現した手作り感。
隙がない。我ながら完璧だ。
すぐに消されますよ。
それがたとえ、嘘の名前でもね。
(敢えて釣られてみた) 23/03/15 18:46