マビノギ

御剣鏡花_mor

05/05/29 02:18

ティルコネイルは平和でした
小鳥が囀り遠くから羊たちの鳴き声が聞こえます
アデリア川の清流はどこまでも透明で
遠くには雪を頂いた山々が見渡せます
 
ですが私には重荷でした
私の重くよどんだ心にはこの澄み切った風景は
あまりにも純粋すぎて
そして悲しすぎて
 
そう
対比してしまうのです
私の暗く重い心と
この軽やかで平和に満ちた
ティルコネイルの風景と……
 
私はかつて滞在していたバンホールに歩を進めました
自然と南へと私の足は向かいました
 
ダンバートンは賑やかな街です
楽人が音色を奏でる中
広場では露店が開かれていました
 
私はその露天を気の向くまま覗いていきました
少しは私の心にも晴れやかなものが戻ったのかもしれません
しかしもう旅費は底をつきかけていました
私はそうしてダンバートンを後にしたのです
 
ガイレフの丘の麓にたどり着きました
晴れた空に丘の緑はまぶしく輝き
その中に
赤い樹が悲しげに立っていました
私はしばし歩を止めて樹を見上げていました
何故だか涙がこぼれてきました
私はカムガン司祭がこの樹の由来を知りたがっていたのを思い出しました
私はバンホールへの歩を速めたのです
 
……司祭はかつてのような親しげな表情は見せてくれませんでした
しかし私は構わないのです
かつて親しく語り合った思い出があるのだから
 
バンホールは常に秋の風景です
私の心はいくらか癒された気がしました
秋の光景は私の鬱々とした心象と同調して
私の心に染み入りました
私はこの光景を見渡すため高台に上りました
そう
イビーのいる高台へ……
 
イビーとは数言言葉を交わしました
あとはお互い無言でした
イビーのつぶやきを除いて
彼女の死の意識は私の心ををある場所に駆り立てました
死の風景にもっともふさわしい場所……
雪の降り積もる封印の地シドスネッターへと
 
私は彼女をシドスネッターに誘おうとも思いました
しかしそれは思いとどまりました
死への旅立ちは一人で十分です
そう
一人で……
 
気がつくと私は走っていました
今まで来た道をただひたすら逆へ
 
そして……辿り着いたのです
私の旅の終焉の地へ
封印の地シドスネッター
私は雪の降りしきる北平原を目指しました
コヨーテの鳴き声に誘われるままに
 
そして平原の中頃まできて……
私は身を横たえました
降りしきる雪の中
雪が私の体を覆いはじめました
冷たさが私には心地よかった
 
だんだん……眠くなってきました
心の中には……今まで知り合った人たちの顔が去来しました
でも……それもやがて消えてゆきました
眠く……
暗く……
暗く……